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2018
07.14

夏の川

Category: 俳句
夏の川

明磧橋の上流(大分川)に架かる自動車道です。


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2018
07.12

蜥蜴

Category: 俳句
蜥蜴

  越前市からのお便り
オオシオカラトンボ

昨日の「陽鳥?!」に登場の塩辛蜻蛉はオオシオカラトンボという種であると
メッセージを添えて遊子先生からお便りをいただきました。

蜥蜴にも良い日を!

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2018
07.11

塩辛蜻蛉

Category: 俳句
 塩辛蜻蛉
 うーたの里山で出合ったオオシオカラトンボ♂

シオカラトンボとは成熟して水色になった♂(オス)に付けられた名前
で、茶色い♀(メス)は俗にムギワラトンボと呼ばれる。♂も未成熟の
間は♀と同じような体色をしている。

成熟した♂は人間が近づくと飛立つが、間もなくするとまた同じ場所に
戻ってくる習性?がある。人懐っこいと人間は勘違いするが、他の♂が
領域に入ってくると、猛然と恋敵を追い出しにかかる。
縄張りに進入した人間は上手くあしらわれ?ているのです。



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2018
07.10

雲の峰

Category: 俳句
雲の峰

西日本豪雨被害・・・言葉もありません。
こんなとき、内閣支持率がどうのこうのとのニユースに腹立たしくなった。

プチッマーク

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2018
07.09

木下闇

Category: 俳句
木下闇

不勉強の私のために某氏が届けてくださった一冊の書籍。
「俳句こころ遊び」(実業之日本社)を読ませていただいている。
著者は「花鶏」主宰野中亮介先生、1996年12月発行とあるから、
先生が30歳代に書き下ろされた著書である。
現存の俳人の方々の秀句と、『週間小説』に連載した句評に加筆して、
それぞれの一句の風景を表わした一冊である。
著書のコメントは憚れるが、俳句って何?と思っておられる方にぜひ
お読みいただきたい。
某氏に心から感謝申し上げます。


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2018
07.08

半夏生草

Category: 俳句
半夏生草

ハンゲショウ(半夏生、半化粧)はドクダミ科の多年草。
別名:半夏生草(ハンゲショウソウ)、片白草(カタシロクサ)、
   三白草(ミツシロソウ、サンパクソウ)
角川/俳句大歳時記では季題:片白草、副題:半夏生草、半夏生、
三白草と表記されている。

七十二候の一つ「半夏生」は夏至の三候。「半夏」は半夏草、すなわち
烏柄杓(からすびしゃく)のことで、この草が生え始める頃という意味。
であるから、半夏生草は烏柄杓のことではない。
いやいや、ややこしい話であります。

半夏生草その2

半夏生草


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2018
07.07

烏瓜の花

Category: 俳句
烏瓜の花

カラスウリはウリ科カラスウリ屬のつる性多年草。
原産地:中国・日本(本州、四国、九州に自生する)。雌雄異株。
別名:玉章(たまずさ)、ツチウリ、キツネノマクラ、ヤマウリ。
秋に赤い実となる烏瓜の花期は7~9月。

感謝!

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2018
07.06

梔子の花

Category: 俳句
梔子

クチナシはアカネ科クチナシ属の常緑低木。
和名は果実が熟しても口を開いて種子を散布しないので「口なし」に、
また細い種子のある果実をナシに見当て、くちばし状の咢をクチとよ
び、クチを備えたナシの意味であるともいわれている。
飛鳥時代から実の中の仁を取り、黄色の染料に用いられている。

  臼杵市歴史の町/二王座でいただいた梔子ご飯
 梔子ご飯


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2018
07.05

ダンプカー

Category: 俳句
西日

大分川に架かる府内大橋の上流の土手沿いの広場に中古のダンプカーや
フォークリフトなどの産業用機材が陳列されている。
大形の機材が並ぶ光景は圧巻であり、武者震いを覚える。


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2018
07.04

玉虫

Category: 俳句
玉虫

先日お知らせした玉虫(タマムシ)、そうですヤマトタマムシの姿です。
「タマムシ」はコウチュウ目タマムシ上科に属する昆虫の総称ですから、
日本におけるタマムシはタマムシの代表的な種のヤマトタマムシですね。
玉虫は、俳句では夏の季語、そこで俳句の先例を調べてみました。
すると、玉虫を捕らえた句、箪笥などに縁起を担いで入れられた死んだ
玉虫などの俳句が沢山詠まれています。
箪笥の中の玉虫はいつでも見られますから「夏の季語」として詠むのは
如何なものか?
まして、いたずらに野辺で出合った花を摘んだり、虫を捕らえたりする
のは俳人として恥ずかしいと、私は思っています。
さすがに名のある俳人の残された玉虫の句は、このような類の俳句はあ
りません。
私?、このヤマトタマムシに出合って眺めただけであったと知った弟が
「そっれはよかった」とのEメールでの返信が届きました。


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